◇ナタリー・ポートマンの「マスタークラス」を見て─〈言葉の持つちから〉
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私はプレゼントしていただき、念願かなって見ることができました。
中でも、子役時代の代表作『レオン』で有名となり、多くの映画主演を重ねている女優、ナタリー・ポートマンは、自身の長いキャリアをもとに、これから映画やドラマなどの世界で活躍を目指す若い役者向けに、「役作り」に対してのいくつかのポイントを取りあげていました。「セリフに対する取り組み」、「撮影に向けての心得」、「撮影現場で確認すること」、「実演」に分けてそれぞれ細かく説明しています。
中でも特に印象に残ったのは、「セリフ」に対する準備。早くからキャリアを築いてきた彼女は、キャリアの初期の段階で、ある監督に〈声〉を鍛えることをアドバイスされたと言います。そうすると、表現の幅が広がり、色々な役柄に挑戦できるからだそうです。その後ナタリーは何年間にも渡り、パーソナルダイアレクトコーチ(発音矯正コーチ)をつけて、撮影の準備期間や合間に、コーチとオンラインでやり取りをしながら、セリフだけでなく、そのキャラクターのバックグラウンドなども研究し、キャラクターの心情を読み解いていく手法をとっているとのことです。
たとえば〈アメリカ人の女性〉のキャラクターを演じるとします。〈彼女〉の第一言語は英語ですが、その英語のアクセントも、そのバックボーンで変わるといいます。たとえば、〈彼女〉はどこで育ったか。両親はどこの出身か。どこに引っ越したか、どこで暮らしたか。どんな交友関係があるのか、どういう音楽を聴くのか。古典文学が好きか、それとも現代劇が好きか。夜にはバーやクラブに行ったりするのか。どんな男性とデートしてきたのか。つまりは…どういう生き方をしてきたのか。〈彼女〉の生まれ育ってきたバックボーンによって、話す英語のアクセントや、イントネーションは変わると言います。〈彼女〉を育ててきた細かなピースのひとつひとつに、話し方や仕草は影響を受けているのだそうです。
私たち日本人に置き換えても、どこの出身かで、訛りや方言は違いますよね。一般に「標準語」と言われる言葉を話す東京で暮している人の中にも、出身地やバックグラウンドを大事にして生活している人はたくさん居ますし、その時々の感情によって、話す口調や語感も変わります。
ナタリーとダイアレクトコーチは、気の遠くなるような細かい作業を一緒に行い、セリフの中にそのキャラクターの血を通わせていくのです。
特に印象に残ったのが、映画『ジャッキー』でのエピソード。〈アメリカ合衆国大統領夫人・ジャクリーヌ・ケネディ〉という、誰もが知っている実在の人物を演じた時は、残された映像資料を元に、アクセントやしゃべり方、仕草に裏付けられる感情の一つ一つを研究したそうです。また、「目の前で夫が暗殺され、歴史的スキャンダルを目の当たりにした」という情報だけではなく、当時のアメリカや世界の政治はどう動いていたか、ジャクリーヌはそれをどこまで知っていたか、彼女はその都度どう受け止めてきたのか…など、歴史の移り変わりを考えたうえで、〈ジャッキー〉という女性の感情や心情の動きを、細かく掘り下げて役作りをしていったようです。
ナタリー・ポートマンが『ブラックスワン』で、アカデミー賞を受賞したことは皆さんもご存知と思います。撮影の何か月も前からバレエのレッスンを受け特訓し、本当のバレリーナがするように、水泳も日課にし、食生活もバレリーナのそれと同じように生活していたということは知っていましたが、セリフの一つ一つにここまで感情を掘り下げる手法に感嘆しました。映画や物語の中の人物を演じるにあたっても、そのようなキャラクターの肉付けが大事なのは確かだと思いました。しかし、そこまで実在したり、架空の人物の心情心理を理解し、表現おける工夫をしているからこそ、ナタリー・ポートマンの演技にはどれも説得力があり、観る者の心に訴えかけてくるんだと感じます。
ナタリーとそのダイアレクトコーチが初めて一緒に取り組んだのは、ナタリーがフランス人のキャラクターを演じた時だったそうです。まずはフランス語を勉強することから始まり、そこでコーチは「フランス語の〈音〉に慣れる」ことからアプローチをしたそうです。
フランス語ならではの母音や発音はもちろん、言葉に詰まった時に挟み込む「あー」「えー」のような音なども見ていきました。日本語では、「んー」「ええっと」と言ったところでしょうか。この挟み込む音も、国によって違うんです。例えば、アメリカ英語では会話をしている際に、ふと考える瞬間には「uh(アー)」と言います。けれど、ナタリーの出身国のイスラエルでは「eh(えー)」と言うそう。このprimary language(第一言語)の特徴を知ることは、その後の勉強に役立つと言います。
ナタリーとダイアレクトコーチは、英語にはないフランス語の〈音〉を練習することで、フランス語独自の〈音〉に慣れ、より自然な〈音〉を見つける作業をしたのです。
「レッスン中にあくびが止まらなくなってしまうという人がいるの。でもそれは慣れない〈音〉や言語を練習し、普段使わない筋肉を使っているのだから自然なことなのよ」と、ナタリーのダイアレクトコーチ、ターニャ・ブルームスタイン(Tanya Blumstein)は語ります。
それぞれの国の言語を身に着けるには、または演じる為にある程度覚えるには、まずその言語の〈音〉を知り、体で感じる、練習を繰り返すことが大事だと、彼女のマスタークラスを受けて実感させられました。改めて〈言葉の持つちから〉、そして〈言葉を生み出すちから〉に感銘を受けました。
私自身が普段勉強しているオペラでも、イタリア語、フランス語、ドイツ語などを読み、歌うために、それらの発音を身体や口などの筋肉に覚えこませます。ただオペラの場合は、作曲家が書いた音楽に、キャラクターの表情がすでに描かれています。それらを表現できる正しい発声法で、客席の一番後ろまできれいに声が届くように演奏することもオペラの醍醐味。なので、できるだけ自然な発声と、声を支える筋力がより大事だと思っています。
けれど、音楽を介さない演技のみの世界は、その表情や動きで魅せるほかにも、そのセリフをどう読み解き、読み込み、発し、話し、表現していくかで、幾通りもの表情を生むんだな…と感じました。ナタリーのような更なる役作りへの取り組みには、憧れます。
ナタリーのコーチ、ターニャが言ったように、慣れない〈音〉や言語を練習する時には、普段使わない筋肉を使います。私自身も、普段のレッスンを通じてそれを感じています。
英語には日本語にない音が多く存在します。英語独自の〈音〉に基づいた、美しい発音が求められます。美しい発音のためには、腹式呼吸などのブレスコントロールに加え、口の周りの筋肉や表情筋、舌の位置や唇の形などを理解した上で、練習することが大事です。正しい英語を知っていても、発音がクリアでなければネイティブの方々には通じませんし、必要な筋肉を鍛えないとカタカナ英語になってしまいがちです。けれどそれらの筋肉を鍛え、綺麗な発音で英語を話すことができたら、話す相手からの印象も良くなります。また、顔の筋肉を多く使うことで表情が明るくなったり、アンチエイジングや美容効果にも繋がります。
私自身がメリフルを通してお伝えしていきたいことは、〈言葉の持つちから〉。ナタリー・ポートマンから感じた〈言葉の持つちから〉を、レッスンを通して皆様にお伝えしていきたいです。そして、この感動を共有していければ幸いです。
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